デドリ・アイスさんは有名なかぎ針編み作家です( Webサイト: Look at What I Made )。一番よく知られているのは「ソフィーズ・ユニバース」という名前のブランケットでしょう。2015年に5ヶ月間のミステリーCALとして発表されました。CALの内容をまとめた216ページの書籍は、現在も変わらぬ人気です。その後も数々の美しい作品を生み出し、世界中のかぎ針編み愛好家を楽しませています。南アフリカ共和国出身、夫と3人の息子、イングリッシュ・スプリンガー・スパニエル犬のバディとともにイギリス在住。今年はじめ、私が送った質問に対して快く回答してくれました。素直でユーモアあふれる文章は、まるで彼女の日常を舞台裏から眺めているような気持ちにしてくれます。温かい飲み物を用意して、ゆったりと私たちの気ままなやりとりをお楽しみください。
まずはかぎ針編みの質問から。ご自身のデザインで一番好きなものは何ですか?
(笑)ソフィーズ・ユニバースです。今も、これまでも、ずっとそうでした。私にとってデザインの世界への洗礼式といえばよいでしょうか。いろいろなことがあって、そのすべてを楽しんだと思います。現実とは思えないことばかりで、ひとつとして、これまで経験したことはありません。あのブランケットには人生があり、ブランケットのコミュニティがあるのです(9年が経った今も)。嬉しい偶然でした。何か違うことをしたいという願望、どれほど複雑なものを編むかは、編み終わったあとにしかわからず、気づいたときには難しい部分をやり遂げているので、残りもきっとできるだろうと思えること(全体像を見せずにはじめるミステリーCALでした)、エスター・ダイクストラさん( It’s All in a Nutshell)の動画チュートリアル、毛糸メーカーScheepjesやFacebookグループ「Official CCC Social Group 」のサポート。それらすべてが整いました。参加しているみなさんが互いに助け合い、自分には難しすぎるとためらっている人を励ます様子は、とても素敵です。編みながら語ってくれる物語に耳をかたむけ、ソフィーのいるたくさんの場所を心のなかで訪ねることを楽しんでいます。
ご家族全員が編み物をするようですね(犬を除く、足は毛糸を触っていますが)。それは本当ですか? どうしてそうなったのですか?
バディ(イングリッシュ・スプリンガー・スパニエル)は本当に毛糸が好きです。私が好きになるほどに彼も好きになっています。噛んでぐちゃぐちゃになった糸をほどくのに、どれほど時間を費やしたでしょう。息子たちは私がつくるものに興味津々です。たぶん、幼い頃から毛糸に囲まれて育ったからか、あるいは、母親が〈有名〉なことをかっこいいと思っているのか(このあとの回答に何度も登場しますが、子どもたちは「有名」という言葉を頻繁に使います 笑)。いずれにせよ、3人とも私の作品の名前を覚えていて、新しいものを試作していると、のぞきにきたり、褒めてくれたり、時には配色の提案をしてくれたりします。
最初に編みたいといってきたのは長男のピーターでした。たぶん、自分も〈有名〉になろうと考えたのです。実は、彼のおかげで私は面白い教え方を思いつきました。サメが足を噛みきるといった残酷な表現が出てきますが、とてもわかりやすいです。次は夫が編みはじめました。ちょっと興味をもったのと、私が賄賂(わいろ)を渡したから。二人ともソフィーを編みはじめ、長男は3段目で終わり、夫はパート2の途中で止まっています。
末っ子は学校の先生をびっくりさせるためです。彼は先生にソフィーの本をプレゼントしています。しかも自分でサインして。「だって僕は〈有名〉でしょ? この本のなかに出ているんだから」とのこと。真ん中のジャコがはじめたのは、兄弟の中でひとりだけ違うのが嫌いだから。彼は一番早く覚えました。いつも何かをやろうと思ったときに集中してやる子なのです
あなたのデザインはとてもカラフルでウキウキしますね。何色が一番好きですか? 編み物で色を選ぶときのヒントをおしえてください。
日常の中で一番幸せな気分にしてくれるのは緑色です。具体的には草木の緑。光や影、天候によって変わる色合いが好きです。身につける/買う/自分のまわりに置く色としてはティールやペトロルブルーの青緑系。職場で使っている医療用スクラブ(白衣)の色がペトロルブルーなのも気に入っています。この色は人々の目をきれいに見せてくれると思います。
かぎ針編みではレインボーカラー。落ち着いた色や陰影のあるオンブレカラーにも惹かれますが、気がつくとあと一色、もう一色と色を増やしています。色数が少ない作品をデザインするときほど長く時間がかかっています。この回答を書くまで気づきませんでしたが、面白い事実ですね
色の選び方については、たくさんの記事やチュートリアルがありますが、最終的には、自分の頬にきいてみるのがよいです。つまり、とても嬉しいとき、頬がキュッと縮むことがあります。ちょうどレモンをかじったときのように。ある色をみて、頬がキュッとなったら、その色を使いましょう。下の写真のクサンダーの顔を見てください。この表情がそれです。
これからかぎ針編みをはじめる人にアドバイスをお願いします。
2つ、いえ、3つあります。
1番目 かぎ針にお金をかけましょう。世界がガラリと変わります。よいかぎ針で編むと安い毛糸でも高級な糸のように感じます。本当ですよ。自分に合ったかぎ針をみつけるには、何度も試す必要がありますが、私は幸運にも数種類のかぎ針を貸してくれる友人に恵まれました。そのときの経験はブログに残していますので、興味のある方は読んでください。一言にまとめると、クロバーのアミュレをお勧めします(大金を払う必要はありません)。ワークショップには予備のかぎ針をもっていき,参加者のみなさんにアミュレを試してもらっています。ちなみに、4ミリのアミュレは何本もダメにしています。うちのペットの楽しみのせいで。わずかな違いですが、そのサイズしか受け付けないのです。
2番目 どんな編み目も、ひとつひとつは簡単です。鎖編み、細編み、長編み、長々編みの4種類の編み方をマスターすれば、それらの組み合わせで何でも編むことができます。
3番目 かぎ針編みは楽しむもの、そして、穏やかな気持ちになるべきものです。もし、レシピのせいでイライラしてしまったら、しばらく見えないところに隠しておくか(ときにはタイムアウトもあり)、やめてしまいましょう(編み図が自分の脳の動きと合わないこともあります)。
かぎ針編みで一番よく間違えるのは何ですか?
編み間違いではありませんが、 多くの人は編み目の構造(しくみ)を学ぼうとしていません。どのループがどの目のものかを知らずに何年も編んでいるケースは多いです。私も2年ほど何も考えずに編み、ようやく編み目がどうなっているか、どの部分がどの目に属しているかを考えるようになりました。一度わかってしまうと,目の数え方や間違えた場所の見つけ方が簡単にできるようになります。かぎ針編みとの関わり方が一変したと思います。憶測で編んでイライラすることはなくなり、新しいことを見つけたり、楽しんだり、理解したりするようになりました。
編み物の次に好きなことは何ですか?
お昼寝! お昼寝は大好き。仕事をやりとげたときのご褒美です。残念ながら、仕事が多すぎるときにも寝てしまうのですが。とにかく、お昼寝が一番です。
棒針編み、縫い物もされますが、時間があるときは他に何をしていますか?
料理,お菓子作り、ガーデニング。ブログがかぎ針編み中心になる前は、料理やケーキの作り方、ソーイングの型紙を公開していました。今、これらのことは休憩のいい口実になっています。何より好きなのはパン作り。とてもやりがいがあります。
ワークショップやカンファレンスで世界中を旅していますね。街や旅先で、あなたがいると気づかれたとき、どんな気持ちがしますか?
とても奇妙な感じですね。楽しみで行っていたことが、思いもしない場所に私を連れていってくれるのです。知らない人に私と気づかれるのは、概ねワークショップやホビーショーといった毛糸がある場所です。それでも変な感じがします。買い物中やビーチでも一度か二度ありましたが、あまりに非現実的で、夢をみたあとように何も覚えていません。
一番よく記憶しているのは、ある女性が私のことは知らず、私のデザインを知っていたときのことです。友人のハンナさんとヤーンデイル(Yarndale)のバスに乗っていて、私はソフィーを編んでいました。前に座っていた女性がソフィーを編んでいるのかと話しかけてきたので、私はそうですと答えました。すると彼女は、きっと編めるからがんばってと励まし、さらに、とってもわかりやすいレシピよといってくれたのです。バスを降りてから私たち二人は顔を見合わせて笑いました。もうひとつ覚えているのはハンナさんとはじめて会ったときのこと。デボン・サン・ヤーンズ(Devon Sun Yarns)の私のはじめてのリトリート(宿泊型ワークショップ)で、彼女は私の最初のファンになりました。それは、恥ずかしくも嬉しくもある感じです。自分が誰かに称賛される何かをしたと知るのはとても気持ちがよい、ということを認めます。(訳注:「ヤーンデイル(Yarndale)」とはイギリスで行われる毛糸のショーの名称)
ファンがいて、ファン同士が一緒にいるところをみていると、その人たちのなかに素晴らしいことがたくさんあるとわかります。そのことに、本人たちは気づいていなかったり、大したことではないと思っていたりします。私たちは、みんな、インポスター症候群なのかもしれません。
あなたは南アフリカ共和国出身です。あなたの国についてもっとも好きなこと(遠く離れてさみしいと感じていること)は何ですか?
数え切れないほどあります。一番好きなことは何かしら。美しく柔軟性のあるアフリカーンス語を聞くこと。きつい響きの言語だということは知っていますが(私たちが元気よく話していると攻撃的に聞こえると言われたことがあります)、アフリカーンス語には詩的さと可愛げのある厚かましさと、奥行きをもった遊び心があります。
景色、気候、埃っぽい道路に降る雨のにおい、雷雨が懐かしいです。ときどき体温のように感じる風やあざやかなピンク色の空も。とはいえ、今住んでいるところは、気候も空も、イギリスでこれまで住んだ場所のなかで一番故郷に近いです。母国にいるように感じることがあります。
それから、もちろん、大好きな人たちに会いたいです。7年近くも家族に会わないなんて想像もしませんでした。
放射線療法士、妻、母、デザイナー、どうやってバランスをとっていますか?
バランスをとっていると思ったことはありません。いつも一つ以上のボールを落としているように感じます。こうだったら良いと思うことはあります。
〈掃除され、整理整頓された家〉実際はそうではありません。家中にいろんなものが散らかっています。でも、お客様は大歓迎ですし、私の作る料理はおいしいです。
〈出来事を覚えておく〉実際はそうではありません。いつ、どこで、何をしたかの細かいメモを残していますが、あとで見直すことを忘れます。
〈やるべきときに行う〉素晴らしいコミュニティのサポートがあるときだけ可能です。それがあっても、できないときはあります。
〈過去のデザインより良いものをつくる(恐ろしいことです)〉決めるのは私ではありません。女神ミューズとまぐれと運によります。私ができることは情熱と喜びと好奇心をもって努力することだけです。
〈私を必要とする人のためにそこにいる(必要とされていないときでも)〉人に喜んでもらうことは、かつて私の目標でした。自分を好きになってもらおうと思って、やりたくないことを自分から提案することもありました。最近は、本当に望むこと以外は提案しないようにしています。また、余裕がなくて心がノーと叫んでいるときはイエスと言わないようにしました。
〈受け入れられる人/好かれる人になる(適合する VS 所属する)〉自分が恥ずかしいと思っている部分を隠すことをやめました。憤りを抑えるかわりに「気まずい会話」をするようになりました。それでどうなったと思いますか。私の世界は,崩れるどころか広がりました。
まだやっていないことで、これからやってみたいと思うことは?
スカイダイビング。手首に小さなタトゥー(立ち止まって、見たり聞いたりすることを忘れないようにするため)。それと、少なからず思うのは、かぎ針編みではなく、フィクションの本を書きたいということ。若い頃、いつか作家になると公言していました。作家にはなりましたが、思っていたのとはすこし違います。
人生でもっとも大切にしているものは? あなたに力を与えているものは何ですか?
学ぶこと、問題を解決すること、創造することから力をもらっていると思います。ケーキの上に乗った苺のように、学んだことをちょっとだけ共有しながら。本来の職業(放射線治療計画)と作品をデザインすることが好きです。両方とも創造性がもとめられ、3次元的な問題解決の能力(それと数学)が必要です。
他の人との間に意味のあるつながりをもつことも私の力になっています。その意味で、編み物のワークショップは理想的です。しばらくワークショップの機会が減っていましたが、これからはもっとできるようにしたいと思います。
思いやりと誠実さを大切にしています。そのように行動しようと心がけていますし、失敗しても(誰もがそうであるように私も失敗します)自分を責めないようにしています。
私が大切に思うのは、自分の考えに誠実な人、軽率さと思慮深さを受け入れられる人、本当の自分を見せてくれる人、あなたがそうでありたいと思う人になるときに(その過程は険悪なこともあるけれど)応援してくれる人です。
一日のはじまりの30分を大切にしています。コーヒーを煎れて座り、世界が目覚める瞬間に耳を澄ませます。肩を伸ばし、胸を張って、深呼吸することを忘れずに。ちゃんとできた日は、その日の残りは少ない努力でうまくいきます。
家族と友人を大切にしています。息子たちとの会話を徹底的に楽しみます。ときに頭がおかしくなりそうな話でも。素晴らしいコミュニティがあり、素敵な同僚がいます。
ありがたく思うことがいっぱいあって、日々、感謝しています。
2024年、私たちは何を期待してよいでしょうか?
いくつかのデザインを完成させたいと思っています。一番は「I Carry Your Heart.」を大きくすること。それ以外は、2024年は糸で遊ぶことをテーマにしています。何も約束しないと決めています。自分の周りに珊瑚のような広々とした空間を作っておき、自由に物づくりができるようにしておきたいです。
これまで以上に動画をつくる予定です。できたら、ワークショップで私自身が学んだことも含めたいです。ワークショップでは私が参加者に教えますが、毎回、参加者から教えてもらうことがあります。
どうやって実現するかは、よく考える必要がありますね。説明してくれるボランティアがいる方がより簡単に実現できると思うので。なので、ここでは可能性について書いておくだけにします。
インタビュー記事 Just Sabi and Dedri Uys
日本語訳 Masako Kawahara and Nozomi Matsukawa